:崩落編終了直前あたりの話:
――アニスは気付いているのだろうか。僕がどんな思いで導師の役目を担っていたのか。
慕われていることが嫌だったという訳ではない。イオンは静かになった部屋でそんなことを考えて天井を見上げていた。
――誰かに言うだけでこんなに心が軽くなるなんて知らなかった。
シャンデリアの光に手を伸ばして、手の輪郭にかすかに浮かぶ赤い線を眺めていた。この前はアニスに指摘されて初めて泣いていることに気付いた。その次には自分が感情を押し殺して生きてきていたことをルークに打ち明けた。
具体的に何が変わったのかと言われると明確にはわからない。ただ、少しだけ前に進めた気がする。止まっていた時間が動き出したような錯覚を感じている。
生まれてからの2年間、ずっと一緒にいたアニスではなく、ルークに思いを打ち明けれたことはきっと彼がレプリカというだけではなく彼が自分の生に対して真剣に向き合っていたからだろう。ルークは忘れていた、もしくは知らなかったことを教えてくれた。本人は気付いていないだろうけれど、きっとそれは大切なことなのだ。
――代わりがいるからなんて、言い訳ばかりですね。生きる理由を与えられて生きているのではないのです。ルーク。早くあなたにも気付いてほしい。
あげていた手を下ろして、イオンは窓の外を眺めた。彼らが戻ってくることを祈りながら。
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