これまた前の続き。
「零れ落ちる青 -3-」
「でも、たまにはそーゆーのもいーんじゃない? いっつもしかめっ面してるんだからさ」
「・・・・・・大きなお世話だ。バカやろう」
それからは、なんとなくどちらも押し黙り海を眺めていた。風は海のにおいを含んで、少し塩辛い。
しゃれた言葉の一つも言えず、時間は静かに経っていった。それが数秒なのか数分なのか、分からないほど時間の流れがすごくゆったりと、少年は感じていた。それは少女も同じだったのかもしれない。空の青が海の中に溶け込むように、それはひと時であり、永遠だった。ただ、風が心地よかった。
眼下に広がる海。ふと、少年は丘から下に降りる階段が少し離れたところに存在していることに気付いた。
「おっ! あっちに下に行く階段があるぜ。行ってみようぜ!」
何気なく言って、少年は階段の方に走った。その空気に押されて、少女も走った。少年の走りは早く、少しでも目を離すと見失ってしまいそうだった。階段は小さな小岩の影にあり、さっきまでの位置からだと陰に隠れて見えなかった。
――よく見つけたわねー。
少女は胸中で少年の洞察力に感嘆した。遠くの標的も正確に射る弓の名手でもある少年にとっては、陰に隠れた階段を見つけることくらい動作も無いことなのかもしれない。
――でも、なんか悔しい。
素直に相手をほめる気になれないのは、その相手との捻くれた関係のせいだろう。第一印象が互いに最悪だった上に、その後もどちらかが口を開けば口げんかが起きるのは日常茶飯事だった。そのケンカ相手を素直にほめたら、それこそ気味悪がられるのが落ちである。
少女が少し立ち止まっている間に、少年は軽やかに階段を駆け下り、10メートルは下にある白砂の海岸に辿り着いていた。砂浜は弓状に反り返った海岸全体に広がっていて、太陽の光を受けて白色に輝いていた。
「うげっ。砂が入る」
ブーツに入った砂を逆さにして掻き出したが、また数歩歩くと砂が入ってきたので、少年は諦めて靴を脱いだ。焼けるような砂の熱さに最初は驚いたが、歩いていくうちに砂の感触が気持ちよく感じた。波打ち際に立つと、改めて正面の海を見据えた。丘の上で見たときよりも、その雄大さ、透明な蒼さが実感として感じられた。
「こんな所があったんだねー。知らなかった」
少年が後ろを振り向くと、少女がいつものようにほうきにまたがってふわふわと浮いていた。少年の近くに来ると、少女はほうきから降りてしゃがんだ。足元に散らばる色とりどりの貝殻に目は釘付けである。
「海はもう見たんじゃなかったのか」
少年は呆れ顔で呟いた。人のことを子供呼ばわりしておいて、今では少女の方が子供のように目をきらきらと輝かせている。
「海くらい見たことはあるけど、こんなにきれいな海岸は知らなかったの! うわー。綺麗。これで貝殻のネックレスとかブレスレットとか作ると素敵だろうなぁ」
手にした薄紫の貝殻太陽に掲げて、満面の笑みを浮かべた。一方、貝殻のどこがそんなに楽しいのか分からない少年は、足元に打ち寄せる波に素足を浸した。
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