:続き・・・かな:
茶褐色の布に書き記された大陸の地図と、学校で貰った大陸の地図を交互に眺めながらグローテルは目を輝かせていた。前者は父親が若い時から所持をしていたこの家でも古株の地図であり、後者はその反対でもっとも新しい近代的な地図だった。両者の間には30年近い時代の隔たりがある。しかし、グローテルの父の地図には最新の地図にも示されていない都市や道が描かれていた。
――どうして?
グローテルはその疑問を父に尋ねたことがある。それに関して、父は自分の友人から教えてもらったと、それだけ答えた。そう答えた時の父の様子はとても穏やかだったことを、グローテルは幼いながらも覚えていた。
――でも、この道や町のことを誰かに教えちゃいけないよ。これは、お父さんの友達がお父さんを信頼して教えてくれたんだから。
しっかりと口止めもされた。だから、グローテルは大きくなってもこの地図のことを誰にも話したことがなかった。学校で様々な歴史を学ぶ内に、黙っていることが一番いいことだという考えも定着していった。それも沈黙を守った要因の一つになる。
最新の地図にも具体的な地理や町があまり記されていない土地の多くを、亜人と呼ばれる種族が管轄している。歴史にも残っている今から約500年前に起きた大戦争で、人間と亜人は敵対関係にあった。戦争自体は数年にわたり、互いに甚大な被害を出した後、和解という形で終結した。当時の戦争についての解釈は国や人によってそれぞれで、何が真実なのかははっきりとしていない。
ただ、生物学の進歩により、亜人がどのような生き物なのか、という点では研究は進んできた。亜人の定義は、ヒトの定義と同じである。言葉を理解し、言葉を操り、自己の意思がある。ただし、亜人の中でも種族は生物の進化同様、複雑かつ多岐にわたっている。
グローテルが暮らしているセオドア郷国は、大陸の南西部に位置し、海に面している。隣国が三つあり、そのうちの一つが亜人が統括しているグランビル国。近代化し科学や工業が盛んなセオドア郷国と対照的に、原生林が多く残る、国土の70%以上を森林に覆われた大地を有している。
グローテルは半透明の紙を自分の地図と同じ大きさに切り、それを重ねてその上から父の地図の写しを取った。父は怒るかもしれないと、グローテルは緊張した。でも、出来ることは最低限やってから物事に取り組むことがグローテルの主義である。静かに書き終えると、父の地図を書斎の中に戻し、写し紙と自分の地図を別々にたたんで、父の部屋を後にした。
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